| 2P 1,140,660 pts |
まずは、ディグダグから始めましょう。私自身のアーケードゲーム・プレイヤーとしての 歴史は、日本中を震撼させたタイトーのスペースインベーダーにはじまるのですが、他プ レイヤーの存在やハイスコアを強く意識し、幅広くアーケードゲームに手を染め始めるき っかけを作ったのが他ならぬディグダグ(Dig Dug/namco 1982)でした。
それは、私自身の環境の変化に端を発しています。このゲームが発売された年、私は憧れ とも言うべき学生生活、親元を離れて一人暮らしを始め自由に行動することが出来るよう になりました。
私の在籍した佐賀大学近くには、当時既に数軒のゲームセンターが囲んでいる状態にあり、 ゲームに興味があった私は当然のようにゲームセンターに足を運ぶことになります。そこ では、既に常連となっているプレイヤーとおぼしき集団が居たり、初めてみるゲームも多 くあって、その場にいるだけでも心が弾んだものでした。
それまでは、週末にちょっとゲームセンターに出向き、ほぼ一人に近い状態でギャラクシ アンやムーンパトロールなどの好きなゲームを地道に遊んでいたわけですが、地方だった ためもありプレイヤー層も浅く、外部からの情報も皆無に等しい状況だったわけで、自分 よりも凄く上手いプレイを見せる人が居たり、その周りにギャラリーが出来ている光景は、 地方出身者の私にとってはカルチャーショックに近いものがあったのです。
当時、大学周辺にあったゲームセンターで最も利便性がよく、同時に活気があったのが、 この後、私のアーケード魂の故郷ともなる"ゲームセンター・イエナガ"でした。 アットホームな雰囲気のこのロケーションに入学当時置いてあったゲームとしては、今回 紹介するディグダグの他、ギャラガ、ムーンパトロール、レディ・バグ、プーヤン、ジャ ングラー、フロッガー、タイムトンネル、ノーティ・ボーイなどがありました。
大学生協の東側裏門すぐの立地条件のこのイエナガに講義の合間に立ち寄っては、自分も ギャラリーとなって他人のプレイを見ていたものです。最初の頃はムーンパトロールなど のやり慣れたゲームの合間に、他にどのゲームが面白そうか見定めるような感じで見守っ ていることが多かったと思います。
この頃一番人気があったのは、後で名前を知ることになるギャラガとディグダグでした。 ギャラクシアンやパックマンといった名作を世に送り出していたナムコが、新たに新作を 出していたのでした。当時メーカー名もろくに知らない私は、ギャラガがギャラクシアン のパクリみたいな感じがしてイマイチ好感を持てなかったのもあって、ディグダグの方に 中心を置く方に心が傾き始めます。
ディグダグは、人気ゲームで沢山のプレイヤーが居ましたが、当時1人だけ特に上手いと 思われるプレイヤーが居て、このゲームをよくプレイしており、そしてお昼時その周りに はギャラリーが数人取り囲んでいることも珍しくありませんでした。また、その人を直接 見かけることが無くても、「DIG」というハイスコアネームでその人と分かるようになりま した。
なるほど、「ハイスコアを残して、自分の名前を刻み込む。」これがゲームセンターにお ける暗黙のコミュニケーションの一つだと感じたのもこの頃です。
それから、私も毎日のようにディグダグをプレイするようになり、常時20万点くらいは行 けるようになるとややスコアの伸びに翳りが見られるようになります。面数を重ねていく と敵の速さに拍車が掛かりあっと言う間に囲まれてしまうのでパニック状態になって、や られてしまうのです。
ここで、ディグダグがどういうゲームなのか説明しておきましょう。
ディグダグは、主人公が地中を掘り進んで、プーカやファイガーといった敵を倒し、面数 をクリアして得点を重ねていくという固定画面型キャラクターアクションゲームです。敵 に触れると主人公はミスとなります。標準設定では、最初に3人居ますが得点を重ねると エクステンドします。標準なら最初が2万点で、その後6万点、以後+6万点毎に1人増 えるという所謂 Every エクステンド 設定になっていました。
プーカは体当たり以外攻撃してきませんが、ファイガーは火を噴いて攻撃してくるので強 敵です。この火は、隣接する縦穴に居ても貫通してくるので、しばしばやられる原因とな ります。主人公は、敵にやられる以外でも、自ら岩の下敷きになって死ぬこともあり、要 注意です。ただし、クリアの条件である敵を全滅するのとこれが重なったときはクリアが 優先されます。これは、縦穴を使って敵を誘き寄せ岩でまとめて落とすことの多い高次元 面では重要なテクニックの一つにもなります。
プーカやファイガーは、基本的に掘ってある穴を主人公めがけて追いかけてくるように迫 ってきますが、最終的には目変化によって土中をワープして進んで来るようになります。 高次元面では、数匹の敵が一気に迫ってくるのでこれをうまく縦穴に誘導しながら、まと めて岩で落とすといったことが安全面でも得点面でも有効なのです。
岩を2つ落とすと、同社のパックマンにも見られたような画面中央にセンターターゲット と呼ばれるキャラクターが出現し、これを取ることで得点をすることが出来ます。このキ ャラクターは最高8000点のパイナップルまでありますが、6万点毎に1人増えることを考 えると、高次元面になればなるほど非常に重要な得点源であることが分かります。
敵に対しては、主人公はポンプを持っていて、ボタンを押すとチューブのようなもの伸び て敵に届くと突き刺さり、さらにボタンを押すことで敵を膨らませ破裂させたり、面のあ ちこちに配置された数少ない岩の下を掘り進み、その岩を敵に落として潰すことで攻撃し ます。敵を全滅させればクリアですが、敵は最後の一匹になると画面の外に逃げてしまい それでもクリアとなります。
ディグダグでは、地中を掘り進むだけでも10点ずつ基本点みたいな点数が入りますが、最 後の敵が逃げてしまうのは、安易にクリアしないような冗長なプレイや、意味もない永久 プレイを防ぐためだと思われます。
ディグダグは、当時主流に成りつつあった所謂固定画面式のゲームで、面毎の攻略パター ンを如何に作り上げるかがカギでした。そして、他人のプレイヤーを見ることでヒントを 得たり、また時にはそのまま流用してみたりを繰り返して、自分なりの攻略パターンを作 り上げ、安全にクリアしていくことで先に進むことが出来るようになります。
また、ディグダグ特有のレバーを上下(縦穴を使うことが多いのでどちらかというとこの 上下方向のレバー裁きが重要である)または左右に繰り返して敵のプーカやファイガーに 空気を送り込むという操作を的確かつ素早く行うことがハイスコアへの必須テクニックで した。
長い縦穴に、プーカやファイガーを5匹も6匹も引き連れて岩の近くまで誘い込み、全滅 させる場面は、このゲームの最大の見せ場にもなります。
そういったテクニックに自分なりのパターンが固定化されて、あとは忠実にそれを繰り返 すことで点数がまた伸び始め、新しい面に進んではそこでまたパターン化を押し進めるこ とで、今まで自分が目標としていたレベルに迫ってきました。
当時はテーブル型のゲーム機に水平方向にレバーが付いている筐体が主流で、これを激し く上下する様も相まって、イエナガでハイスコアを争うようになった頃には、自分の背後 にもギャラリーが付くようになりました。中には、力が入りすぎて、テーブル筐体を持ち 上げてしまうくらい迫力あるプレイを見せた人も居たほどで、それだけプレイヤーを熱く させるゲームだったのでしょう。
ディグダグの最初の頃の楽しみの一つは、どのくらい面数のパターンが用意されているの かと言うことと、細かいところで言えば面数表示がどう変わっていくのかと言うことや、 センターターゲットが何種類あるのかという部分にありました。
点数が40万、60万点と伸びるにつれ、一体どこまで点数が出せるのだろうという部分に興 味が移って行きます。最初の内は、岩を2つ落とすと中央に出てくるセンターボーナスが、 次は何が出るのかであったのが、パイナップルで打ち止め、面のパターンも繰り返しと思 える部分に到達して来ると、後は、どれだけ的確に死なずにプレイし、スコアを伸ばすこ とが出来るかという遊び方が中心になっていくわけです。
ハイスコアについては、それ以前に凝っていたスペースインベーダーでも、ギャラクシア ンでも既に意識がありましたが、ディグダグをやるようになってギャラリーが付くように なり、周りの目を意識しながらプレイするという、それまでとはちょっと違った独特の雰 囲気の中でプレイするようになって、さらにハイスコアアタックに意欲をかき立てられる ようになったのもあるかも知れません。
100万点。雑誌からの情報も少なく、外部からの情報も全くなかった当時は未知の数字です。 この数字を目指してひたすら毎日プレイしていました。実際の所は、スコアの100万の桁表 示があるのかどうかということの確認になります。
同じ時期に発売されていた同社のギャラガも同じなのですが、それまでのゲームと違いデ ィグダグも標準設定でエクステンドが所謂 "Every設定" になっていて、事実上 の無限エクステンド(初心者にとってはそう見える)であったため、そのエクステンド幅 を耐えうるだけのレベルに達すると、格段に点数が伸び、どこまで点数が伸ばせるのだろ うと言う期待が沸いて来ます。
そして、自分もついにその100万点を見る瞬間を迎える日が来ました。みんながあまりにレ バーを激しく動かす為、その頃はディグダグ台のレバーはガタガタの状態になっていまし た。それだけ人気のあった証拠でもあります。初めてディグダグを見てから数ヶ月、よう やく目標に達しようとした瞬間、1Pのスコア表示は、7桁目を標さず、ダウンしていま した。なんとゼロクリアされていたです。それでも、中央のハイスコア表示の方は、しっ かりと90万点台を標したまま止まっていました。
自分の手で確かに100万点という大台を叩き出すことが出来たという実感。自分のアーケー ドプレイ史の中で初めての100万点プレイヤーの仲間入りです。
初めて経験したスコアループ。その後も、ゲームオーバーまでは、何点まで出せるのかプ レイしましたが、あることに気付きます。エクステンドと思える点数になっても、ストッ クが増えないのです。そして、100万点以上になるとエクステンドは消失し、無限でないこ とが分かりました。
100万点を越えると、ハイスコア表示が100点を超える直前の99万数千点(時には98万点台) の表示で止まり、1Pの表示が0に戻ってさらに得点が計上されていくという具合です。 実際に自分のハイスコアを申告するときには、スコアが何回0に戻ったかで、それを加味 して200万点とか、300万点とか表現するのが常でした。
100万点以上を記録し、スコアループとエクステンドの消失という、ある意味ディグダグに おける一つの到達点を知って、その後はそれほど入れ込まなくなりますが、この時点でデ ィグダグは、自分にとって間違いなく一生思い出となるゲームとなっていました。
それは、単に面白かったとか、ハイスコアが出せたとかというだけでなく、ディグダグが 上手くなることで、当時の常連グループの一人から声をかけられ、以後仲良くなったこと のきっかけを作ったゲームであったり、自分とゲームセンターとの付き合い方を大きく変 えた存在となっていたからでした。
その後、一部のコンピュータ雑誌にアーケードゲームのミニ情報が載っていたりすること を知るようになり徐々にディグダグに関してもいろんな知識が外部から入るようになりま す。そうすると、ディグダグにはハード的な終わりがあり、実際は300万点程まではスコ アが伸ばせることを知るようになります。実は、プーカやファイガーとの戦いはまだまだ 終わっていないのでした。また、128面くらいになると画面の様子にもまた変化が見られる ようになるといった記述もあったような気がします。この辺のレベルになると自らの目で は確かめていないので何とも言えませんが、上には上が居るといったプレイヤー層の厚み をこの頃から感じるようになりました。
ディグダグに関して後に知った知識の一つに、バグ技があります。これは、意味もなくゲ ームを終わらせないようにする技ですが、面の最後の敵を岩でつぶすと同時に空気でも膨 らませ切って、言ってみれば二通りの方法で同時に殺すというタイミング技を成功させる とその面がクリアできなくなるというものです。成功した後は、BGMだけががひたすら延々 と鳴り続け、主人公が一人寂しく残ることになります。
ディグダグでは、マイスコアネームも当初の"KKKから""IDE"に変え、 ハイスコアラーとしての意識を新たにしたことも付け加えておきましょう。当時はアルフ ァベット3文字で自分を表すのが普通でした。余談ですが、後で仲良くなるグループの人 達には、このハイスコアネームから私の名前が「いで」君だと思われていたようです。( 実際は、違います)
またこのゲームで1時間を超える長時間ゲームの世界に足を踏み入れたことから、当時主 流だったテーブル筐体の上におもむろに腕時計を外して置いてから、時間を意識しながら ゲームをプレイするという習慣も真似するようになりました。今ではやりませんが、腕時 計を置き、時には缶ジュースなどを置いてゆったりとゲームをプレイする、という光景は 結構見られたものでした。
パックマンから継承されたセンターターゲット。敵をまとめて落とすことで高得点を叩き 出す快感。
80年代ナムコ・クラシックにおける名作、ディグダグ。後に、Mr.Do!などにも影響を与え たことからも分かるように間違いなく一時代を築いたゲームであり、ナムコ黄金期の幕開 けを告げた作品と言えるのかも知れません。
2004.12.10(ed.6)
2002.04.24(ed.5)
2002.03.25(ed.1)