九州行脚の旅の果てに
(第8面)−ドルアーガの塔/ナムコ


   今では、1億総ロールプレイングゲームプレイヤーと言っても過言ではないほど、幅広い 年齢層に指示され、一般化したロールプレイングゲームと言う言葉ですが、80年代前半は パソコンで海外産のゲームを遊ぶことに興味を持つ一部のマニアしか知らない言葉でした。

   ドラゴンクエストもファイナルファンタジーも無い時代、ウルティマやウィザードリーと いった海外の新しい種類のこの「ロールプレイング」というゲームに魅了されていた人が 少なからず居ました。

   そしてロールプレイングというスタイルにヒントを得て作られ、後に予想以上の反響を呼 んだ問題作が、ナムコのドルアーガの塔(The Tower of Druaga/namoco 1984)です。

   私がドルアーガの塔の主人公ギルと初めて対面したのは、佐賀県の隣の福岡県にあるナム コの直営店、久留米のキャロットハウスでした。

   ゼビウスブーム以降、ナムコの新作情報が雑誌にも載るようになり、そして現場でもいち 早くチェックするのが一部のマニアの日常となっていました。友人のH.M氏により、久留米 にドルアーガの塔があったと言うことを聞き、ちょっと見に行こうかと言う話が持ち上が りました。アーケード界のブランド、ナムコ。そしてゼビウスで一躍有名になった遠藤氏 による新作。否が応でも期待が高まる新作です。

   この遠征では、私とH.M氏、そして同級のYSL氏で3人で電車を使って行くことになりまし た。

   久留米で初めて目にしたドルアーガの塔は、勇者ギルが迷路の中を歩きながら鍵を探し、 扉に向い次の階に進むというゲームでした。画面上に見える敵は、緑や黒のスライム。ギ ルはボタンを押して剣を抜き、押した状態をキープしながらこれらをやっつけることがで きます。3面では、ギルに似た青い騎士が現れました。これも同様にやっつけることがで きました。

   1〜3面というのは、必ずしもそうなるとは限りませんが、敵を見てやっつければそれな りに宝箱が出ます。取ると、ツルハシや靴や薬のようなものを取ることが出来ました…

   …とここまではいいのですが、4・5面になると初心者の大敵魔術師が出てきて、ギルに 向かって呪文を浴びせてきます。これが強力で、呪文は正面では盾で受けることが出来ま すが、普通にテクテク歩いていると背面や側面から同時に攻撃を受けるので、あっと言う 間にギルが全滅してしまいます。また、剣でやっつけようとすると魔術師はすぐ姿を消し、 しかも呪文を防げないという、まさに初心者にとっての難敵でした。

   結局その日は、このゲームが面白いのか面白くないのか分からないまま久留米を後にし、 今回のナムコの新作はイマイチかな、といった漠然とした印象でその後佐賀市での入荷を 待つことになります。

   ドルアーガの塔は、それほど前評判が良くなかったのか、イエナガに入ってきたのは比較 的遅かったような気がします。

   とりあえず、ドルアーガの塔は、各面におそらく宝物が1つあって、しかもそれを出すに は固有の出し方を満たさなければならないということ。そして目的とする60階に向かって 物語が完結することが分かってきます。また、剣や鎧などの装備を身につけていくと、ギ ルのドットパターンもそれに応じて変わっていき、ポーションのような特殊なアイテムも 含めて確かにロールプレイングゲームっぽい感じに仕上がっていた印象は受けました。

   もっと進んでいくと真っ暗な面に入ってしまったりして、最初はそういうものなんだなと 思ったりしていましたが、実はそれが宝物が揃ってないせいであったりとか、一見殺せな いような魔術師の殺し方にもやり方があること、など情報も少しずつ入ってきました。

   今までにはないタイプのゲームでしたが、しかし、そうはいってもドルアーガの塔はとて つもなく難しいゲームで、また違った意味で難解なゲームでした。パソコンゲームのよう な環境では謎解きなども楽しめますが、1コインに限りがあるアーケードという環境では、 いろいろなことを試しながらこコツコツと経験を積んでいくのは非常に厳しかったような 気がします。

   他のシューティングやキャラクターアクションでも多少の練習・経験などの積み重ねは必 要ですが、それはゲームを楽しんでいく間に自然に行われていることで、このゲームでは 楽しむ以前に、単なる謎解きだけのための試行錯誤が必要だったからです。

   お金にも限りがあるので、必然と友人達と結束しての攻略体制を取ることになりますが、 情報の少ない佐賀市では特に際だった進展もなく、大学も夏休みへ入り、故郷の日南市へ 帰省することになります。

   地元の日南市には、既にゼビウスがきっかけで知り合った高校生の友人TOS君が居ました。 日南へ帰ると、ナムコが卸していたデパートのゲームコーナーで再会しましたが、このよ うなマニアが集うはずの無い場所で会っていたのは、ナムコの情報誌NGを貰っていたりし たからでした。半年に1回しか会わないので、TOS君とはいろいろ情報交換をやったりしま したが、ドルアーガの塔が発売された夏休みは、ちょっと特殊な年になりました。

   日南市にはナムコ直営のロケーションがないので、本当にチェックを入れたいときは宮崎 市内の神宮前キャロットハウスに行きます。私も、帰省時は、行きか帰りかのどちらかに 必ず寄るようにしていました。このときは、帰りに寄ろうとしていたのですが、そこでは 既にある"使者"によってドルアーガの塔全面クリアが成し遂げられていたらし いのでした。

   このゲームは、各面で必要な宝物を取りながら、最上階である60階を目指し、宿敵ドルア ーガを倒し、カイを助けるといった目的のある一種のキャラクターアクションゲームでも ありますが、ロールプレイングと言うことでコンティニュー機能が取り入れられていまし た。ゲームが終わった後、コインを入れてボタンを押しながら1Pをスタートさせると、 前回到達した面数までならどこからでもスタートさせることが出来たのでした。これでお 金さえあれば、クリアまで続けることが出来ます。

   もっとも、これには各階の宝箱の出し方を知る必要があります。さらには、57階から、ト ラップという意味も含んだイシターの扱いや、ドルアーガを引っぱり出す手順、最上階で のカイの助け方までも含んだ情報を知る必要がありました。

   そして、神宮前キャロットでは、少なくともそれを知っている誰かがクリアを果たして、 ハイスコアを記録申請していたのでした。自力では手も足も出ないこのゲームが既に完結 している。それだけで驚愕でしたが、この謎がTOS君によって明らかにされました。

   実は、東京からあるプレイヤーがはるばる宮崎まで遠征してきて、ドルアーガの塔をクリ アしていったというのでした。そして、その際クリアするための宝箱の出現表を中心に簡 単にまとめたアンチョコをお土産として置いていき、さらにそれを手に入れた神宮前キャ ロットハウスの常連が、同じ県内とは言えさらに南に50キロ以上も離れた日南市に伝える べく遠征してきたというのでした。

   私もそのアンチョコをコピーしてもらい、また帰りに神宮前キャロットハウスにも寄って ハイスコアボードに見慣れない「長田」という名前があるのを確認します。後に、パソコ ン雑誌のマイコンBASICマガジンの付録の SUPER SOFT MAGAZINE を見ると当時宮崎県内唯 一のチャレハイ登録店だった神宮前キャロットハウスのドルアーガの塔の所に同じ名前が ありました。

   しかし、よくみると九州内の各地に同じ名前が載っています。本名と思われるそれは名前 までフルネームで記入されていたので、明らかに同一人物と分かります。これはどういう ことでしょうか。

   東京 → 宮崎 → 日南 と伝えられる攻略法。アーケードゲームでは、特に当時雑誌による 情報も限られていたため、確かに口コミによる情報の伝達も有ったかと思います。しかし、 はるばる東京から遠征してきて、伝道師のようなこの九州行脚をしていった謎の人物は、 一体何者だろうという感じでした。

   このことは、イエナガを離れた後に明らかになりますが、先に帰省後の状況を書いておき ましょう。

   日南市から佐賀市へ戻ってきて、さっそく友人達に手に入れたアンチョコを紹介します。 これをコピーしてみんなに配り、それまで自分たちで作っていた物と差し替えて、また自 分もこれをテーブルの上に置いて見ながらドルアーガの攻略に入りました。正直言って、 このゲームとの本当の付き合いはここから始まったと言えます。

   そのアンチョコは、後に雑誌などで公の整理された宝物の出現表に比べると、明らかな間 違いや不正確なところが見受けられましたが、それもそのはずです。これを作った人は、 おそらく手探りで見つけていったのでしょうから(もしかすると最上階のクリアの方法な ど一部は定かではありませんが)その方が自然です。

   私が当時使っていたメモなどを見るとその経緯がリアルに感じられて今でも面白いのです が、例えば12階では、最初まったく見当違いの条件がメモしてあって、それを消したあと にやや不正確な条件が書いてあります。「ギルを下の段にもっていく」とあるのは、正確 には「ドルイドを最下段に出現させる」でなくてはなりません。しかしながら、ドルイド を最下段に出現させようと思うと、必然とギルを最下段に位置させることになるのはドル アーガ経験者なら分かると思います。こういった感じで、不正確な情報も混じりつつ、60 階まで行けるようなアンチョコが作られていたのでした。

   現在ドルアーガの塔を知っている比較的若いプレイヤーは、既に完成された出現表を最初 から手にしてそれを憶えてプレイするのが当たり前となっているかも知れませんが、リア ルタイムに知る人間は、実際苦労しながら自分なりの出現表を手にしていたのでした。

   それまで、私たち自身も情報を集めメモを取りながらゲームをやってきていましたが、そ の日からは、日南からのお土産に全面的に差し替えられてドルアーガ・ライフが続きまし た。

   アンチョコがあっても、やはり技術は必要です。コンティニューが出来るのでお金さえあ ればクリアは出来ますが、それでも魔術師をうまく処理できなかったりすると、そこだけ で数百円があっと言う間に消えていきました。魔術師や騎士、クオックスなどとの戦い方 もだんだんスキルアップしてきて、少しづつみんなが前進していきました。

   そして、自分たちもついに57階に来る日が来ます。クライマックスは、ドルアーガの対決 のある59階か、カイを助ける60階ですが、57階でまずそれまで聞いたことがないBGMが流れ ます。私自身は、既に日南市で聴いていたのですが、イエナガでは恐らく初めて流れるBGM です。

   ギルのテーマとも言える行進曲風のBGM、クオックスの出る面に限られ使用されるBGMしか 知らなかった私たちにとっては、これは感動ものでした。そして偽イシターのトラップ。 確かに終幕が近いことを感じさせる57階の臨場感。これをクリアしてちょっと息抜きの58 階もクリアし次へ進みます。

   57階と同じBGMの59階です。偽ナイト → 偽ウィザード → 偽ドラゴンとまさにオールスタ ーキャストの感があるこの階。最後の敵が現れます。緑のドルアーガ。その動きは、すば しこい感じもしますが、逆に存在感が軽い様にも思えました。しかし、ここまでの道のり を考えるとやはり感動ものです。

   四苦八苦しながらもドルアーガを倒すと、いよいよ敵が全く居ない60階にカイを助けに向 かいます。このゲーム性格上疑心暗鬼になりやすいところで、何かやるといきなり敵が現 れたりするのではないかと思えるほど静かな面です。アンチョコを見ながら順にクリスタ ルロッドを立てて行くと、ヒロインのカイが姿を現しました。

   ここで誰もが思うのは、販促用のポスターやポップで見ていたカイのイラストでしょう。 実際のキャラクターは、それに比べるとイマイチの感が拭えませんでしたが、カイを助け て最後のクリスタルロッドを立てると華やかにファンファーレが鳴りました。久留米で初 めて見てから、宮崎−日南、そして佐賀。画面には固定一画面ながらスタッフロールに相 当するものが表示されていました。しばし、その感動を味わいながら、ネームエントリー をしっかり入れていきます。

   コンティニュープレイという形を借りながらも、ようやくラストシーンまで漕ぎ着けたと いう充実感が体を充満させました。

   それから、各人が本来のゲームの姿である1コインクリアを目指しました。やり方は分か っている。あとは、如何に自分の技術を駆使してスマートにクリアしていくかの勝負です。 ちなみに、コンティニュープレイでは、最初の面をクリアしたときに、普通にはないボー ナス点が入るのでノーマルプレイとコンティニュープレイはスコアを見ただけで分かるの でごまかしは効きません。

   ドルアーガが発売された翌年には、イエナガでも1コインクリアが見られるようになり、 その後は1コインでのハイスコア争い、またノーミスクリアでのパフォーマンスなどがこ のゲームの中心になっていきました。

   話が後先になりますが、このゲームいろんなところにトラップがあります。

   例えば宝物に関するトラップ。ある宝物に魔法が掛かっていてそれをうち消す薬を前もっ て取っておかないと剣が抜けなくなったりとか、タイマーを早く消費する薬など、いろい ろな仕掛けがあり、このゲームを遊び倒している頃には、逆にそれらのトラップを実際に 試してみたりというようなこともありました。

   また、60階では、不用意にマトック(ツルハシ)を使ったりするとZAPと言って、下の階に 落とされてしまうと言ったこともあります。ZAPというこのゲーム仕様は、ドルアーガにお ける違う意味のスコアアタックという変則プレイにも関与するものですが、冗談半分でも よくやったものでした。ZAPされた場合、落とされる階が数パターンあり、また持っていた 宝物が一部失われました。宝物が失われるので、各面のクリアが難しくなりますが、それ でも上手いプレイヤーはZAPを数回繰り返せて居たようです。

   さて、最終的に宝物の出現方法はおろか各面のモンスターの数も丸暗記できるほどになり、 ノーミスプレイも珍しくなくなると、ミゼールプレイとも言える変則プレイも試みられま した。宝物には、60階クリアのために必ず取らなければいけないもの、あれば便利だが必 ずしも取らなくても良い物、取る必要のない物、取るべきではない物と分けることが出来 ます。

   例えば、簡単な例では、ドラゴンの炎を防止できる宝物、これは必ずしも必要ありません。 出る面がかなり後半だということもありますが、これを取らずにさっさとクリアすれば得 点が稼げます。また、序盤では4面のカギの位置を知らせるチャイムもそうですが、カギ の位置が分かった方が得点効率が良ければ話はまた別です。

   また、極端な例では2面で出る、事実上は必需品のハイパーブーツがあります。これは、 60面クリアの条件にはありませんが、無ければタイム的にも戦闘の上でもかなり不利にな ります。これを敢えて取らずに60面クリアを目指すとかいった変則プレイも貪欲なプレイ ヤーによって試されていたようでした。一種のギャラリー受けとも言えます。

   ドルアーガの塔は、最終的には、キャラクターアクションゲーム的な感じに収まってしま いますが、そういった意味では宝物などの謎が解かれた後でも十分遊べるゲームでした。 また、お約束のバグ技なども存在します。ゴーストやドルアーガを迷路外へ追いやる技は、 ギャラリー受けしますし、またドラゴンが壁を壊すと同時に反対側からマトックで同時に 壊すと、壁の表示が崩れるという小技もありました。

   さて、我々にドルアーガの塔という難解ゲームを普通の次元に落としてくれる要因を作っ てくれた「長田」なる人物。このゲームでは、情報も早くプレイヤーのレベルも高い東京 で数人が攻略に当たって居たようで、そこでは、他人にばれないように、段ボールで画面 を覆い隠してのプレイなども行われていたという話ですが、どうやら、その攻略チームの 一人だったようです。そして、九州だけでなく日本全国を手分けして数人が伝道師として 遠征をしていて、その九州担当がこの「長田」氏だったというわけでした。このことを知 ったのは、社会人になってからです。

   遠藤氏が、ゼビウスに異常なまでに熱狂したゲームマニアに投げかけた、問題作とも言え る難解ゲーム、ドルアーガの塔。究極の隠れキャラクター探しとも言った感じのこのゲー ムは、最終的にはプレイヤーに指示された作品となったと見ていますが、名作なのか迷作 なのか、私自身は今でも判断に迷うところです。

   しかし、東京組の全国行脚という伝説にもリアルタイムで接して、強烈な印象と思い出を 残しましたし、謎の解明後はこのゲームでかなり楽しんだのも事実です。その後、ゼビウ スと共にファミコン普及の牽引役にもなり、続編のイシターの復活まで作られたドルアー ガの塔は、その存在自体がまさに伝説であったと思います。

  
2002.04.24(ed.3)
2002.04.01(ed.1)


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