アーケードゲームをやる者にとって、ハイスコアというのは一つの憧れです。どんなゲー ムでも長くやっていれば少しは上手くなりたいという気持ちが芽生えるのは当然でしょう。 ハイスコアというのは、アーケードゲームの熟練度を測る一つの大きな目安となります。
それは、自分の中でのハイスコアの自己記録の更新であったり、他人とのスコアの比較で あったり、人それぞれのレベルでのハイスコアに対する拘りはあるかと思います。
私が、ハイスコアを意識したのはやはり最初に凝ったゲームであるスペースインベーダー です。どのゲームでも面が繰り返しの部分に入ると後は、スコアに対する興味の方が比重 が大きくなります。このゲームで、とりあえず数万点の桁まで行けるようになった頃には もうこのゲームはブームを通り越えていましたが、このようなゲームであるレベルのスコ アを出すことの快感みたいなものは体験できました。
その後、ギャラクシアンやムーンパトロールなどで、自分なりの記録を何処まで伸ばせる かを楽しんでいたところに、ディグダグで身近なライバルとの勝負、ゼビウスで全国規模 の盛り上がりを知ることになるわけです。
インターネットもない時代雑誌媒体でハイスコアが取り上げられると、同じ様なことをや っている人々がアチコチにいると言うことも分かって来ますから、それまで以上に刺激を 受けて盛り上がることは当然でしょう。特に情報の少ない地方ならなおさらです。
ハイスコア争いは、その黎明期では暗黙のルールなどが確立されておらず、たとえば、永 久パターンなどで正当なプレイのスコアと同列に扱われていたりということもよくありま した。
既に、ジャレコのノーティボーイなどでは、ゲームプレイヤーの間ではあまりにも有名過 ぎるくらい知られていた永久パターンがありました。
永久パターンにも一つには括れない種類があるような気がしますが、一番単純で永久パタ ーンの名前に相応しいのが、特にレベルの高い技術の必要もなく特定の場所で無限に出て くる敵をやっつけ続けるといったケースでしょうか、データイーストのジェネシスでは、 こういう場所があって、時間さえかければいとも簡単に数千万点を叩き出すことが出来ま す。カプコンの戦場の狼でもこのような場所があり、私自身ノーマルプレイで高々100万点 しか行かないところをカンストまで試したことがあります。
こういった部分は、永久パターンに使わないまでも、一時的な点稼ぎに利用したり、エブ リエクステンドまでの繋ぎに使ったりと言うこともできるので、一概には悪いとは言えず、 ゲームの作り手がそうならないようにするしかないと思われます。
似たようなケースでは、ある条件を満たさないと面がクリアされない状態で、それを満た さずに粘るものもあります。例えば、コナミのマルチスクロール型全方向シューティング ゲームの傑作タイムパイロットでは、規定数敵を撃ち落とした後に現れるキャラクターを 壊さなければいつまでもその面で粘ることが出来ます。多少の技術は必要ですが、1面な どの低次元面では、スキル次第でほとんど永久パターンに近い状態に持っていくことが出 来ます。
カプコンのバルガスでは、同じ場所で高得点になるキャラクターを倒すことであり、コナ ミのメガゾーンでも同じ様なポイントがありました。シューティングゲーム以外でもデー タイーストのアイスクリームファクトリーでは、やはり簡単な永久パターンが存在しまし た。
タイトーのフロントラインでは、戦車の乗り換えの繰り返しによるパターンが確立されて いましたし、ナムコブランドも例外ではなくフォゾンでは、余分な分子を付けたり切り離 したりといった繰り返しで簡単に1000万点を出すことが出来ました。
永久パターンは、ロケーションのインカムに影響を与えることが多いため大っぴらに推奨 することは出来ませんが、自分で見つけたりすると結構嬉しかったりするものです。
その他にも、既に紹介したMr.Do!のバグを利用した無限増え、ギャラガの敵の弾を撃たな くさせる技、またバグによって自機や主人公が無敵状態になってしまうものなど特殊な例 もいろいろあります。
しかし、これらのゲームシステムの穴を突く永久パターンは、基本的にはスコア争いなど からは切り離されるべきであり、またプレイヤー自体もそれが区別されると言うことを自 覚しなければならないのは言うまでもないことです。
雑誌からの情報が入る頃になると、各地でそれぞれ名を馳せていると思われるプレイヤー の存在も出てきます。スタープレイヤーというと大袈裟ですが、その人の周りには必ずギ ャラリーが出来るという人は、あるレベルのゲームセンターでは1人や2人は居たのでな いでしょうか。ベーマガで一躍名が知られた「うる星あんず」やグラディウスの伝説「め ぞん一刻」といった名前は、それが全国規模に及んだ例かも知れません。
また、ロケーション自体がカリスマ性を持っていた、所謂聖地みたいなところも以後生ま れてくるようになりました。チャレハイやGAMESTでのハイスコア集計で、東京のゲームブ ティック高田馬場や九州のモンキーハウス本館といった名前は地方に居る私にとっては憧 れのロケーションでした。最初に名古屋に来た際も、当時レベルの高かった星ヶ丘キャロ ットハウスにはわざわざ足を運んだりもしています。
しかし、ハイスコア争いが、ちょっといざこざの種になったりしたこともあったようです。 私の身の回りにはありませんでしたが、東京などのレベルが非常に高い地域では、なにか あったのでしょう。
スコアにこだわりすぎるのは、あまり良くないことかも知れません。アナログゲームでよ くある意見にゲームは勝利する物ではなく楽しむことが第一であると言ったようなことが あります。しかし、意外にも私自身はこの多数派の意見に対してはやや立場を異にしてい ます。それは勝負あってこそのゲームだと意味づけているからで、勝利するという基本軸 があってはじめてそれに逆行するお遊びプレイがあったり、また付随する楽しみがあった りすると思うからです。単に楽しいだけならば、ゲームである必要はありません。
ゲームには、解析や経験を通じての技術の向上や、その場その場でのプレイヤー同士の駆 け引き、技術の優位性を覆すだけのだけのランダムネスなどいろいろな要素がありますが、 いずれにせよ自分自身の向上、他人との駆け引きに勝つこと、より良い運を導くこと、局 所的にも大局的にもあるベクトルに向かって行動するのが基本であるような気がします。
同じ場で他人と競い合うアナログゲームとはかなり違いますが、アーケードゲームでも、 ハイスコアを出すという一つの結果を出すことは、かなり基本的な軸になっていると思い ますし、技術と経験に裏打ちされたスーパープレイとその結果であるハイスコアは敬意を 表するべき対象であると思います。
2002.04.24(ed.2)
2002.04.14(ed.1)