はじめに −よしのずいからカルタをのぞく−


   思わぬ手がかりから予期しない発見が可能になることがあります。

   奈良の大和文華館に、南蛮美術として有名な松浦屏風(国宝)があって、「婦女遊楽図屏 風」とよばれています。

   ところがこの屏風の成立年代が分からないのです。服飾研究家や画家がいろいろ推測して いますが、美術館の解説には江戸時代前期となっていて、およそ百年間の推定年代の幅が あります。

   この屏風に二人の女性がカルタで遊んでいるところが描かれています。この絵はきわめて 写実的に描かれているため、女性が手に持っているカルタの一枚一枚まで何の札と識別で きるほどです。さらに近寄ってよく見ると、カルタの裏模様は、楕円形の枠中に西洋人の 男の肖像画が描かれているのまではっきりとわかります。何か宗教画によくあるような憂 いを秘めた顔つきの人物像です。この裏模様の図柄はどう見ても日本製とは思えません。 この絵のカルタがポルトガルからの輸入品か、あるいは日本で模写された手書きのカルタ であるのか判別することは出来ませんが、ポルトガルのカルタの歴史に詳しい専門家かコ レクターなら、この札の裏模様から、何年頃の製品と時代を推定することもあるいはでき ないことはないでしょう。それがわかればこれまで謎につつまれていたこの屏風の成立年 代を解明する、一つの手がかりになるかも知れません。

   日本のカルタにはまだまだわからないことがいくつもあります。

   たとえばウンスンカルタです。

   あるとき、ウンスンカルタの枚数が気になりだしたのです。

   現在の通説は、南蛮渡来の四十八枚一組のカルタが、日本化されて天正カルタとなり、さ らに日本人の創意工夫によって、五種類各十五枚あわせて七十五枚のウンスンカルタに仕 上げられたというものです。

   七十五枚という枚数がどうも腑に落ちませんでした。七十五枚というのは大変な数です。 私たちがいま手にしているトランプは一組が五十二枚です。さらに二十三枚も多いカード の枚数がどれほどあつかいにくくやっかいなものか、ちょっとゲームをやったことのある 人ならすぐにわかるでしょう。新しいゲームを創るのに、枚数を減らすことはあってもわ ざわざ今までの枚数を二倍近くに増やすなど、常識では考えられません。そんなことでゲ ームが面白くなるものででしょうか。またこのウンスンカルタは民間で遊ばれた形跡が全 くないのも珍しいカルタです。

   カードゲームの性格はその枚数に規制されるものです。七十五枚のウンスンカルタも何か それに近い枚数のカードをモデルにしたのではないかと考えるのが自然でしょう。七十五 枚という数から、ただちに連想されるのは、TAROTカードの七十八枚という枚数です。 TAROTカードは、いまアメリカのオカルト・ブームの余波で日本に上陸し、おりから の占いブームの勢いにのって奇妙な人気を日本の若い人たちの間でも獲得しているようで すが、TAROTがゲームとして遊ばれてきたことは案外知られていません。

   イタリアを中心にさかんになったタロッコ Tarocco(イタリア語)は、おそらく世界でも っとも古いカードゲームの一つでしょう。十五世紀のイタリアのフレスコ画には何人かの 人物がタロッコを遊んでいることころが描かれています。TAROTには何種類かの変形 があり、国によってそのやりかたもさまざまです。その呼び方もTarok, Tarock, Taroky, Tarocchini といろいろです。

   タロッコはイタリア風の呼び名ですが、国によってさまざまな発音をされます(複数でタ ロッキ Tarocchi)。フランスではタロ(Tarot)です。ドイツ語ではタロック(Tarock)、 英語の辞書にも発音はタローとしてあります。日本ではタロットという発音が定着してし まったようです。占術関係のグループがタロットを主張して譲らず、タロー派のカード研 究家たちと対立しています。

   ウンスンカルタそのものは保存状態のきわめて良好な一組七十五枚完全揃いという形で現 物が残っています。そしてさらに奇妙なのは、ウンスンカルタの遊び方が、いまでも九州 の人吉市に残っていることです。その遊び方が古いスペインのゲーム、オンブルによく似 ていることはしばしば指摘されるところです。ではいったいオンブルとはどんあゲームで あったのか。オンブルとウンスンカルタの共通点は何か。オンブルが死滅した今、誰も的 確に伝えてくれないのです。

   これまでの日本でのカルタ研究は、まとまりもなく散らばっているカルタ文献を、まるで 化石の骨を収集するように根気よく拾い集めて研究することに精力が費やされてきました。 しかし、日本のカルタの歴史を解明するためには、オンブルやTAROTというゲームが 外国ではいつ頃、どこで、どんなルールで行われていたのか、さらに日本に輸入されたゲ ームのどこかに、これらのゲームのルールの面影が残されていないだろうか、といった今 までと別の角度から日本のゲームをながめてみる必要があるのではないでしょうか。

   誰にも専門の分野があります。

   言語研究者は賭博の歴史に暗く、賭博者は舶来の言葉を研究しようなどとはせず、カード・ ゲームの研究家日本の古いカルタの歴史や賭博についてイノセントであったりするからで す。こんなときいつもきまって思い出すのは、ポーの『モルグ街の殺人』のエイプの声を、 フランス人はスペイン語のようだといい、ドイツ人はフランス語のようだというエピソー ドです。正しい推論はいつの場合もきわめて困難の業であるようです。

   今後のカルタ研究には、さまざまな分野の知識を集結したグループ研究が必要になってく るのではないでしょうか。


前のページ  目次  次のページ  (rewind)