日本の古いカルタのことを調べようとしても、その文献は驚くほど少ないのです。なぜで しょうか。カルタが賭博の道具であったからです。
トランプは外国では「悪魔の絵本」とよばれ、賭博嫌いのまじめな人たちの顔をそむけさ せ、悪魔の代名詞のように見なされてきました。事実、狂信的な教会の牧師達の手によっ て、「悪魔の絵本」は、何度も何度も公衆の目の前で火の中に投ぜられてきました。
アガサ・クリスティーの自伝にこんなところがあります。「今日でも私は朝食後に落ち着 いて小説を読むとなると罪の意識を覚える。同じことが日曜日のカード遊びにも当てはま る。私はばあやがカードは『悪魔の絵本』と決めつけたことからは抜け出すことができた けれど、『日曜日にはカードはだめ』というのは家の決まりであって、ずっと後年になっ ても日曜日にブリッジ遊びをしていると、悪いことをしているという気持ちを振り捨てる ことが出来なかった」(乾信一郎訳)。
私たちは知らず知らずのうちに、さまざまなタブーを実生活につくり出していくものなの です。
昔から極道の三条件として。「飲む、打つ、買う」という言葉がありましたが。「打つ」 というのはカルタをプレーするときに使われた言葉です。博奕打ちは学者や小説家とちが って後に証拠の残る日記をつけたり、自伝を書いたりしないものなのです。宮武外骨氏は 『賭博史』(大正12年、半狂堂)の中で次のように書いています。
元来禁制のことであるから、博奕手引草といふ本もなく、骨牌独案内といふやう本も
ないので、その方式の如何を知ることが出来ないのは遺憾である。
ですから江戸時代のカルタ賭博のことを調べようと思っても、参考文献は数えるほどしか ありません。宮武外骨氏は『賭博史』を書くにあたって、参考書として有益であったのを 『博奕仕方』『古事類苑』『博戯犀照』『一天地六偽咄』『俚言集覧』『犯罪捜査法』 『嬉遊笑覧』『類聚名所考』の順にあげています。
『博奕仕方』というのは、正しくは『博奕仕方風聞書』といい、寛政初年(1789)頃天領 の役人(代官手代)が領内で行われていた博奕について上司に報告した、一種の司法(警 察)資料の筆写本です。賭金の分配法といった細かいことが具体的に書かれていて、研究 者にはきわめて便利で貴重な資料です。『犯罪捜査法』も同じです。『博戯犀照』は、山 崎美成の著で、文政・天保(1818-30)頃の書です。やはり当時の博奕のやり方を詳細に 紹介しています。
近年でも、わずかに宮武外骨氏の『賭博史』と、尾佐竹猛氏の『賭博と掏獏の研究』(大 正14年)があるだけです。阿部徳蔵氏の『とらんぷ』(昭和13年)は、海外カード史と日 本のカルタの歴史との比較研究を試みた最初の著作と思われます。最もこの本の歴史的記 述にはキャサリン・P・ハーグレイブの名著『トランプの歴史』A History of Playing Cards a Bibliography of Cards and Gaming からの引き写しがかなりあります。ハー グレイブの初版は1930年dトランプの歴史を各国別に、図柄の変遷でとらえ、図版入りで 解説した、この種のカードの書物では極め付きの労作です。カードの美しいカラー図版で うずめつくされています。
日本の戦前の遊戯関係の本はどれもウンスンカルタについて、「何しろ現存して居らない のであるからしつかりした所は解りかねる」(西澤笛畝『玩具と風俗』)というのが一般 的意見でした。最近復刻版が出た『日本遊戯史』(酒井欣、昭和8年初版)の「骨牌」の項 を見ても、著者は国産天正カルタの版木が現存しているなどまったく御存知なかったよう です。
戦後、日本でのカルタの研究は飛躍的に進歩しました。とくに昭和36年に大阪リーチとい う書店から私家本として限定出版された『うんすんかるた』の出版は、日本のカルタ研究 史上のエポック・メーキングといっていいでしょう。この本は兵庫県の芦屋市にある滴翠 美術館の館長であった山口吉郎兵衛氏の遺稿を、ご子息の山口格太郎氏が編纂されたもの です。この本の写真図版には、ウンスンカルタ七十五枚のカラー写真やカルタの絵を描い た陶磁器などの写真、天正カルタやスンクンカルタの版木からの拓摺復刻、などのめずら しい図版のほかに、日本のカルタに関する諸文献の引用がぎっしりと収集されていて、ま るでタイム・カプセルか開架式の図書館兼博物館を居ながらに利用できる便利さといった ところです。
『うんすんかるた』の発刊が契機となって山口格太郎、森田誠吾、村井省三、岩本史郎、 佐藤要人の諸氏が同人となって昭和48年に「日本かるた館」が設立された、と『江戸めく り加留多資料集』(昭和50年)のまえがきにあります。この本は、読みカルタの指導書の 形式をとった『雨中徒然草』と黄表紙『寓骨牌』の復刻とその解説書が入っていて得がた い資料です。この本を書くにあたり、『うんすんかるた』と『江戸めくり加留多資料集』、 それに『別冊太陽いろはかるた』は、ずいぶん参考にさせていただきました。紙上を借り てあつくお礼申し上げます。