シビリゼーション「マリオにゼルダ−コンピュータゲームの歴史」
        平成15年10月29日深夜放送分(再放送:数回あり)


■ 放送局:ディスカバリーチャンネル、放映時間:24:00−25:00
  CSの番組表を眺めていたところ、いつもは余りチェックしていないディスカバリーチャンネルにコンピュータゲームの文字を発見。面白そうだったのでチェックしてみた。

◆ シビリゼーション「マリオにゼルダ−コンピュータゲームの歴史」

  オープニング〜番組タイトル。「ある革命的な発明が」「世界中をにぎわせました」「空想的な大人や天才少年、技術的な手によるこの発明は」「法廷での争いを引き起こしました」「熾烈な販売権交渉も、繰り広げられます」「この画期的な商品に」「全世界の若者が我を忘れて、夢中になりました」「数十億ドルを生む製品は、映画産業や」「音楽産業をもしのぐ、世界一の娯楽になりました」「コンピュータゲームです」


  以上のようなオープニングのアナウンスで始まったこの番組。




  「マリオにゼルダ、コンピュータゲームの歴史」。元々の番組のタイトルは「GAMEHEADZ」のようだ。


  「1972年のことでした」「シリコン・バレーの技術者が、退屈な仕事を捨て」「コンピュータゲームに夢を求めました」。


  「ノーラン・ブッシュネルが、中心になり」「わずか500ドルの資本金で、会社を興します」「会社の名前は、囲碁の用語からつけました」。


  「あと一手で相手の石を、取れるような状況を」「"アタリ"といいます」「社名に最適だと思いました」。


  「資金不足が続く中」「最初の技術者を、アタリ社に引き入れます」「突然昼食に誘われました」「ピカピカの新車が、私を迎えに来たのです」「そして月1000ドルの報酬を、提示されました」「自分の力を試したいと、考えていた私にとって」「それは大きなチャンスでした」「アタリは本当に、ゼロからのスタートでした」「何の後ろ盾もなくなった3人で、会社が始まったんです」「懐かしいね」「ここでコンピュータゲーム、"ポン"が誕生しました」。


  「ここでポンを作ったんだ」「ポンは小手調べのための企画でした」「大手と契約があると、聞いていました」「意欲を湧かせるための作り話です」「何の根拠もないのにGEと、契約をしていると信じ込んでいました」「まずパドルの操作と、球の移動を可能にしました」「それから球がパドルに、当たる場所によって」「球の跳ね返る角度が変化するよう、設定しました」「それがゲームを、劇的に面白くしました」。


  「まず地元の酒場に」「試作品を持ち込み、一般の反応を見ました」「木の箱の中に固定して入れただけの」「とても見栄えの悪いものでした」「料金箱も臨時のもので、間に合わせました」「ビールを飲みながら」「ピンボールマシンの横で、様子を見ました」「1人お客が画面の中を移動する、球を観察します」「硬貨を入れゲームが始まりました」「ノブの操作でパドルを動かし、球を打ちます」「すぐに見物人が集まりました」。


  「テレビで番組以外のものを見るのは、皆初めてでした」「女性が私に聞きました」「"私の操作をどうやってテレビ局に伝えるの?"」「テレビ局に信号を送っているとでも、思ったのでしょう」「様子を見た後帰宅しました」「翌日店が故障を知らせてきました」「機械を開けたら故障の原因は、すぐに分かりました」「硬貨が満杯だったのです」「ノーランはこれに、十分な手応えを感じ」「製造に踏み切ることを、決めました」。


  「ここから大躍進が始まります」「アタリ社の最初の工場は」「ローラースケート場の跡地に、建てられました」「私は社員に言いました」「"1日100台生産する"」「誰もが正気じゃないと、思ったようでした」「人手を増やすため職業安定所へ行き」「手当たり次第に雇い入れました」「人選する暇などなかったのです」「まさに無謀な試みでしたよ」「約2ヶ月後には」「1日100台を、生産するまでになりました」。


  「うわさが広まり注文が殺到します」「アメリカ国内だけで1万台です」「驚異的な現象でした」「わずか24歳で」「世界を支配したような気分でしたよ」「ポンの成功で」「売り上げは100万ドルを記録」「続いて家庭用ポンが発売されました」。


  「家庭用ゲーム機市場への、進出を考えていた時に」「技術者のアルが言いました」「"チップに組み込めば"」「"家庭用の物が安く作れる"」「即採用しました」。


  「これが最初に使用したチップです」「ゲームの仕組みは前と同じです」「このチップを10ドルで作って」「ゲーム機は100ドルで売りました」。


  「しかし販売ルートの、開拓は困難でした」「玩具店を一軒ずつ、訪ねて回るわけにもいきません」「そこでスポーツ用品売り場で、売ろうと考えました」。


  「百貨店シアーズは、15万台の家庭用ポンを」「1975年の、クリスマス商品として注文」「世代を問わず好まれるデザインにし」「シアーズのブランド・ロゴを、入れました」「アタリ社は再び成功を収めます」「家庭用ポンは大当たりでした」「ゲームセンターの興奮は」「家庭用に持ち込まれました」「コマーシャル1本で、完売になりました」「最高でしたね」。


  「アタリ社は絶頂期を迎えます」「着実に新しいゲームを、作り続けました」「ブッシュネルは、アーケードゲームに再注目します」「ライバルの先を行くためです」「"ライバルの追随など、絶対に許さない"」「そういう精神で臨みました」「試作と改良を繰り返しましたよ」「技術者に、いい仕事をしてもらうため」「ブッシュネルは、楽しい職場を目指しました」。


  「クレインはそんな経営者に、引かれた1人です」「"いい感じだ"が彼の口癖でした」「彼がいい感じだと思えば」「その製品はヒットするんです」「ブッシュネルは若い技術者の、意見にも耳を傾けました」「もし自分のアイデアに、自身があるなら」「試すべきです」「彼はどんなアイデアも、大切にしました」「一見他愛のないアイデアでも」「おろそかにできません」「そこから新しいアイデアの、芽が出て」「実を結ぶこともあるからです」。


  「アタリ社は創造性を発揮して、ヒットを生み」「業界トップの座を保ちました」「しかし訴訟問題が起きます」。


  一端CMでーす。(笑)


  「ブッシュネルは、盗作のかどで訴えられました」「ポンは展示会で発売されたゲームを」「盗作したものだというのです」「そのゲームを考案したと、主張したのがラルフ・ベア」「彼は1966年に、出張中のニューヨークで」「着想を得ました」「1966年9月1日のことでした」「私はオフィスに戻り、ゲームのアイデアをメモしました」「私が思いついたのは、スポーツゲームや追跡ゲーム」「レースゲームなどです」。


  「早速試作品を製作」「1968年に、初のテレビゲーム機を完成させ」「"ブラウンボックス"と命名します」「追跡ゲームは2つの点が、追いかけ合うものでした」「次にピンポンゲームが、完成します」「ポンが発表される、4年前のことでした」「マグナボックス社はベアと契約し」「ブラウンボックスの改良版を、生産します」。


  「新型ゲーム機"オデッセイ"です」「オーバーレイをテレビに、取り付ける方式でした」「ベアは銃型のコントローラーを使う、ゲームも考案」「翌年完成させました」「オデッセイは1972年の展示会に、出品されました」「展示会では注目の的でした」「誰もが興味を示したのです」。


  「オデッセイでは、12種のゲームがプレイできます」「同年の5月24日、別の展示会の来訪者名簿に」「ノーラン・ブッシュネルの名前が、ありました」「彼はオデッセイで、ピンポンゲームをしていました」「私は確かにオデッセイを見ました」「しかし大した印象は、残りませんでした」「その後ベアは、このゲーム機の特許を取りました」「よく見てください、これが特許証です」「1968年に登録されたことが、分かります」。


  「テレビと左右に2つずつ、コントローラーがあります」「マグナボックス社は、アタリ社を告訴しました」「訴訟に大金を費やすつもりは、ありませんでした」「交渉を始めて4年後」「ベアとブッシュネルは、シカゴの連邦裁判所で対面します」「ブッシュネルはすでにライセンス料を、支払うことを決めていました」「向こうからライセンス料の支払いを、申し出てきたんです」「結局両社は40万ドルで和解」。


  「しかし世間の評判を勝ち取ったのは、ブッシュネルでした」「彼はビデオゲームの生みの親として、有名になりました」「でも特許を持っているのは、私なんです」「ベアは既に第一線を退いています」「コンピュータゲームの起源を、正確に記録するため」「彼は自叙伝を書いています」「訴訟を乗り切ったアタリ社は、快進撃を続けていました」「しかしアーケードゲームが、絶頂期に入り事態は変わります」。


  「日本のゲームメーカーが、台頭してきたのです」「1978年日本ではタイトーのゲームが大ヒット」「全国で100円硬貨が、不足するほどでした」「"スペースインベーダー"は、世界中で35万台以上も売れ」「アーケード熱を、再燃させました」。


  「アタリ社は独自のゲームで、応酬します」「"ベクトルグラフィックス"という、新しい技術を」「ゲームに取り入れたのです」。



  「1979年に発売された"アステロイド"を始め」。


  「3Dの"バトルゾーン"も大ヒット」「このゲームは、陸軍が参考にしたほどです」「アーケードゲームは人気を博し、世界中の若者が」「ゲームセンターで、金を費やしました」「この状況を親たちは懸念します」「ゲーム世代による犯罪も、報道され始めました」「アーケードゲームそのものが、非難されました」。


  「しかしアタリ社には、秘策がありました」「1975年から開発を進めてきた、新しいコンセプトの商品を」「いよいよ市場に、投入しようというのです」「カートリッジ式家庭用ゲーム機、"VCS"の試作品です」。


  「このように、ボードに導線が配されています」「ジョイスティックで操作します」「ポン タンクゲーム、レースゲーム以外にも」「様々なゲームで遊べる、可能性がありました」。


  「VCSは1977年に発売されました」「外観は木目調のデザインで」「家庭用ジョイスティックで、操作するものでした」。


  「アーケードの人気ゲームが」「VCSで何種類もプレー可能でした」。


  「1980年アタリ社は家庭用の、スペースインベーダーを発売します」「アタリのスペースインベーダー」「大ヒットゲームを君の家で楽しもう」「クリスマスには、VCSが飛ぶように売れ」「子供たちは、家でゲームを楽しみました」。


  「アタリが贈る新作"パックマン"」「急成長するアタリ社に、目をつけたのが」「ワーナー・コミュニケーションズ社です」「ワーナーはアタリ社に、買収を持ちかけます」「資本金500ドルで始めた会社を」「2800万ドルで、買収しようというのです」「アタリはビデオゲームの王様」「当時の私が一生かかっても、稼げないような金額でした」「しかしそれは悪夢の始まりでした」「ブッシュネルは新オーナーと、対立します」。


  「"いずれVCSの時代は終わる"、と言うと」「彼らは驚きを隠せない様子でした」「新経営陣は経営方針を転換しました」「それまでのやり方が、彼らには奇妙に思えたようです」「私たちが培ってきた経営方針は、1つ残らず変えられました」「でも結局そのせいで、会社はダメになりました」「ひどい有様でした」「新経営陣にとって目障りな、存在になったブッシュネルは」「解雇されました」「創業当時の精神は消えました」。


  「さらに別の問題も浮上します」「かつての優秀な技術者たちが」「正当な評価を受けられず、不満を募らせたのです」「会社には、裏切られてばかりでした」「家庭用ゲームは、優秀な技術者たちのおかげで」「売り上げに大きく貢献していました」。


  「1億ドルを売り上げるソフトを、作っても」「評価されなければ、当然不満が出ます」「自分たちを正当に、評価してくれない会社になど」「用はありません」。


  「クレインは他の3名と新たに、アクティヴィジョン社を設立します」「アタリ社と法廷で争い、VCS用ゲーム製作の権利を獲得」「"ピットフォール"を発売し、成功を収めます」「私たちのゲームは、どれも最低50万本は売れました」「中でもピットフォールは、最大のヒットです」。


  「当時独自のゲーム機も、開発していました」「彼らは創造の精神を取り戻しました」「しかしゲーム業界に、影が差し始めます」。



  「他の企業が私たちの成功を見て」「ゲームなら何でも売れると、勘違いしたのです」「粗悪なソフトが出回ったために、ゲーム市場全体が低迷します」「大量の製品が売れ残り」「ゲーム市場は活力を失いました」「1983年ワーナーは、2億5000万ドルの損失を出し」「株価が下落しました」「ワーナーへ売却したのは、大きな過ちでした」「1984年ワーナーはアタリ社を売却」「米国のゲーム産業は壊滅状態でした」。


  「しかしその頃他国では10代の、少年たちがゲーム産業を興隆させ」「大成功を収めていました」。


  一端CMでーす。(笑)


  「80年代初頭イギリスの子供たちが」「ゲーム産業に革命をもたらしました」「学校では目立たず数学が得意で、SFマニアの子供たちが」「その牽引役を務めていました」「大好きな趣味で、いつの間にかお金を稼いでいました」。


  「双子のオリバー兄弟は、ごく普通の子供でした」「両親は教育の一環として、コンピュータを買い与えました」「その頃ZXスペクトラムや、コモドール64など」「低価格のパソコンが、登場していたのです」「勉強のために買い与えられた、コンピュータを」「子供たちは別の用途に使います」「彼らはアーケードゲームに、勝るとも劣らないゲームを」「こっそりと作っていたのです」。


  「ゲームセンターのゲームは、最新のものですが」「遊べる時間は短く、お金もかかります」「しかし家庭用コンピュータでなら、遊び放題です」「オリバー兄弟は独学で、プログラミングを学びます」。


  「1982年彼らはわずか13歳にして」「自作のゲームプログラムを、雑誌に投稿しました」「"ロードランナー"という、ゲームでした」「学校へ行き友達に雑誌を見せて」「自分たちの作品を自慢しました」「障害物を避けながら走るゲームです」「2人で競争しましたよ」「道が徐々に狭くなり、曲がりくねるので」「操作は難しくなります」。


  「こうして13歳の少年たちは初めて、賞金75ドルを手にしました」「続いてテレビ番組に応募し」「子供番組のゲーム大会に、出演しました」「ゲームを考え投稿し、賞を取ってテレビに出演」「大変な経験でした」「"こんなゲームが欲しい"という、アイデアではなく」「実際にプログラムを、書いていたので驚かれました」「やがて彼らのゲームは、企業の目にとまります」「これらは僕らの作品です」「"キラーP"と"ケープP"です」。


  「徹夜で作品を作ることも、ありました」「様々なアイデアを練りました」「"矢を放つ案はどうだろう"とかね」「突然アイデアが、浮かぶこともありました」「夢中になりすぎて、気が付くと朝だったこともあります」「牛乳配達の音が…」「ゲームはヒットしましたが、見返りはわずかでした」「両親は彼らが大学へ進学し、就職することを望みましたが」「教師の説得で1年間だけ、様子を見ることにしました」「転機はすぐに訪れました」。


  「ダーリング兄弟は、10代でゲームを作りましたが」「ゲーム会社が提示する、わずかな契約料に不満でした」「」。


  「そこで彼らは郵送での、直接販売を始めました」「ゲームをカセットにコピーし、100万本売りました」「10代後半でコードマスターズ社を、創設した彼らは」「初の展示会で、オリバー兄弟に出会います」。


  「オリバー兄弟は、ゲームの試作品を見せに来ました」「1万ポンドで買うと、言うんです」「驚きましたよ」「予想以上の高値に、彼らは興奮を隠せないようでした」「あまりに興奮して眠れませんでした」。



  「その後"スーパーロビンフッド"が、年末までに10万本以上売れ」「売上本数1位を記録しました」「自分自身驚きながらも」「コードマスターズ社から、次々と新作を出しました」。


  「最強の4人が手を組みました」「コードマスターズ社の作品の半分は、僕らが手がけました」「さらにオリバー兄弟には、別の計画もありました」「ゲームのキャラクター作りです」。


  「それが"ディジー"でした」「ファンタジックな世界観と」「大きな顔のキャラクターを、ゲームに取り入れました」。


  「コードマスターズ社には」「毎日僕たち宛のファンレターが、届くようになりました」「ディジーは世界中で、大ヒットを記録しました」「このシリーズが、売り上げの上位を独占し」「ゲーム界の、ビートルズ的存在となりました」「10代の大富豪は国民的英雄となり」「彼らの成功は紙面を飾りました」「彼らは10代にしてフェラーリなどの、高級車を所有していました」。


  「作り手自身が、無類のゲーム好きだったため」「デザイン面が大きく向上しました」。



  「パソコンが普及する中」「イギリスは他国よりも、ゲーム産業が活況でした」「テレビ産業よりも大きくなると、思っていました」「実際イギリスのゲームは」「映画やテレビ番組より、輸出が盛んです」。


  「80年代初頭イギリスの少年たちが、注目される一方」「東洋にも新星が現れました」「日本のゲームメーカーです」「30年前ゲーム産業は、アメリカで始まりましたが」「現在市場を率いているのは日本です」「日本のゲーム産業の、隆盛のきっかけは」「ある1つのゲームソフトでした」。



  「その開発に携わったのが」「ウォルト・ディズニーのように」「世界中の子供たちを、夢中にさせた人物」「宮本茂です」「ゲームは人の心の一面を、引き出すと思います」「子供時代の思い出を、ゲームに投影しています」。


  「宮本は京都府の園部町に育ちました」「彼は子供の頃から空想好きで」「いつも夢の世界を、想像してばかりいました」「独りきりで想像するのが、好きだったようですね」「仕事をする時も、子供の感覚を持ち続けています」「近所の公園をよく散歩したそうです」「そこで彼は想像力を発揮して」「目に見えないものを思い浮かべ、空想を楽しんだそうです」「"頭上に異世界への扉があれば、面白い"など」「様々なアイデアを浮かべたのです」。


  「大学卒業後、宮本は任天堂に就職します」。


  「京都に本社を構える任天堂は」「花札の製造で知られていました」「しかし当時の山内薄社長は、コンピュータゲームに注目し」「製造と販売を手がけようと、考えました」。


  「入社当時20代前半の宮本は」「ゲームに関心がありませんでした」「宮本は風変わりで、想像力が豊かな人でした」「大企業に就職する気は、なかったようです」「あの頃はコンピュータなど、大嫌いでした」「しかし、ある日、彼の運命は一変します」「任天堂がアメリカに進出し」「アタリ社の支配する巨大な市場に、挑むことになったのです」「アメリカ本社は、日本の人気ゲームを2000本発売」「しかし全くヒットしませんでした」。


  「そこで新作で挽回を目論みますが」「適任者が見つからず、若手の宮本に白羽の矢が立ちました」「宮本はまずゲームを、知ることから始めました」「ゲームセンターへ行き、ゲームをするうちに彼は」「ゲームに物語性を持たせることを、思いつきました」。


  「ストーリーとキャラクターが特徴の、全く新しいゲームの誕生です」「"ドンキーコング"の、最初のスケッチです」「ゴリラがオリを抜け出し、少女を捕まえて逃走」「男がハンマーを持ち、樽をよけながらそれを追うのです」「最後は地面に開いた穴に」「ゴリラを落として退治します」「しかし技術的な制約が、彼の前に立ちはだかりました」「難題は主人公の髪の表現でした」「身体の動きに合わせて、髪を揺らす必要がありました」。


  「でも当時の技術では、無理だったんです」「解決策に帽子をかぶせました」「最後に宮本が自作の曲をつけ、米国本社に送りました」「ドンキーコングは」「前回の失敗を拭い去ることが、できるでしょうか」。


  「アメリカ本社の人々には」「ドンキーコングは全くの不評でした」「そこで任天堂は、地元の店にゲームを置き」「様子を見ることにしました」「翌日店へ行き、料金箱を開けました」「驚くことに料金箱は」「120枚を超える硬貨で、溢れかけていました」「店の営業は正午から12時間なので」「常に誰かがプレーしていたことになります」「これには驚きました」「ヒットを確信したのはこの時です」「最初の1年で1億ドルを売り上げ」。


  「ドンキーコングは、世界中で人気を博しました」「それを退治するジャンプマンは、さらに有名になりました」「1985年任天堂は、米国市場をターゲットにした」「新型ゲーム機NESの開発を発表」「国産メーカーが苦戦する中で、一見無謀な計画でしたが」「任天堂には秘策がありました」「コンピュータゲーム史を一新する、作品の登場です」「ジャンプマンがマリオと、名前を変え」「新ゲームの主人公となりました」。


  「マリオは高く跳んだりできますが」「決して無敵ではありません」「水におぼれケガもするのです」「マリオは横の移動しながら探検し」「パイプを越えて進みます」「マリオを襲う、敵のキャラクターも登場します」「初めは大きなマリオだけでした」「しかし小さいマリオも作り」「面白さが増しました」「大きなマリオに、変身するためのアイテムを」「キノコにしようと決めました」「宮本の創造した世界は」「まるでびっくり箱でした」。


  「すぐにマリオは、世界の人気者になりました」「1987年の調査では、ミッキーマウス以上の知名度でした」「宮本の快進撃は浮きます」「こちらのゲームは、空前のヒットとなりました」「"ゼルダ"シリーズです」「"ゼルダの伝説"は幻想的な世界を」「プレーヤーが、自由に探検できるものでした」「主人公の少年は、平原から旅を始めます」「初めは武器を持っていません」「プレーヤーが少年に名前をつけ、ゲームはスタートします」。


  「探検することで物語が進行します」「当時としては画期的でした」「ゲームには宮本の少年時代の、思い出が反映されています」「山に登り木々をぬけ岩場に着くと」「大きな湖がありました」「山の上に湖があると知り驚きました」「とても広大な湖でした」「そのときの印象をゼルダに使いました」「ゼルダには多くの、隠しアイテムがあります」「主人公はアイテムを探す過程で」「大人へと成長していきます」「主人公と共に成長を感じられます」。


  「ストーリーが進むにつれ、自分も成長したと感じる」「そんなゲームが作りたかったのです」「ゼルダの伝説は」「壮大なストーリーで、世界中のプレーヤーを魅了しました」「常識を覆しそれまでにない、ゲームのスタイルを確立しました」「80年代末までに3000万台のNESと、数億本のソフトが売れ」「任天堂は世界のゲーム市場の、80%を占めました」「ゲーム界の頂点に立ったのです」。


  「さらに携帯ゲーム機を発売し、老若男女を魅了するには」「画期的なソフトが必要でした」「しかしそのソフトの獲得競争は、熾烈なものでした」。


  一端CMでーす。(笑)


  「80年代末あるゲームソフトが、世に送り出されました」「これにより2人のゲーム作家は、富と名声を得」「任天堂の携帯ゲーム機が、大ヒットしました」「そのソフトの名は"テトリス"です」「1988年ゲーム作家の、ハンク・ロジャースは」「新作を日本へ売り込んでいました」


  


  「1988年の展示会で、初めてテトリスを見ました」「会場を見て回り」「テトリスを見つけ、日本へ持ち込みました」「何度も繰り返し、プレーしたくなるほど」「面白いゲームでした」「テトリスを考案したのは、アレクセイ・パジトノフです」「1984年に人工知能と、音声認識ソフトの研究中」「新型コンピュータのテスト用に、開発しました」


  「私の趣味はパズルやゲームで」「数学を応用した遊びが好きでした」


  「テトリスの基本は、ロシアの伝統的パズルです」「12種の異なった図形があります」「5つの正方形をそれぞれ、違う形に組み合わせたものです」


  「パジトノフがテトリスで用いた、正方形は4つ」「ゲーム名はギリシャ語の"4"に、由来します」「90度ずつ回転させる時の」「"キーを押すと回転"、それが気に入りました」「そしてゲームに、時間制限を設けました」「テトリスはスピードとの戦いです」「最終的なゴールはなく、ゲームは無限に続けられますが」「ブロックの落下が、徐々に速くなります」「速度が増すと、考える余地がなくなります」


  「そうなるとスポーツ選手が、持つような集中力がないと」「継続は困難です」「テトリスを最初に発掘したのは、ロバート・スタインです」「彼はモスクワでパジトノフと、販売権の交渉をします」「なぜか彼はテトリスの原型を、私にくれました」「つまり交渉が成立したのだと」「私は思いました」「テトリスは世界中で大ブームを、巻き起こしました」「テトリスのために、仕事が滞ったほどでした」「禁止令が出ましたよ」


  「日本ではまず家庭用バージョンが、発売されました」「1988年のクリスマスに、テトリスを発売し」「300万本売れました」「その後ロジャースは携帯ゲーム機、"ゲームボーイ"を目にします」「ゲームボーイに最適なソフトだと、直感しました」「ここにテトリス販売権をめぐる、熾烈な獲得競争が始まります」「テトリスを最初に見出したのは、私なんです」「すぐソ連へ向かいました」


  「ロジャースとスタインは、同じ日にモスクワへ入りましたが」「互いにその事を知りませんでした」「テレビはつかないし、ラジオも聞けない」「実態の分からない、共産主義国での滞在は」「とても不安でした」「ロジャースはロシア語も話せぬまま、モスクワを訪れ」「窓口となる、外国貿易協会を目指しました」「英語の通訳はすぐに見つかりました」「こちらは通訳のアラさんです」


  「彼女は単なる通訳では、ありませんでした」「このビルですね?」「そうです」「私はKGBに目をつけられ」「怪しまれていました」「ようやく担当者が現れたので」「日本でテトリスを販売していると、伝えると」「どこのメーカーかと聞かれました」「"任天堂"と答えると」「"権利を売った覚えはない"と言います」「初めから窮地に立たされました」「交渉は始まったばかりでしたが」「私はまるで泥棒扱いでした」


  「その後彼は、パジトノフと面会します」「世界一有名な数学者、パジトノフ氏です」「有名だって?」「世界中で知られています」「アレクセイ・パジトノフです」「私たちはすぐに打ち解け」「ゲームの話題で盛り上がりました」「彼とは英語で話せました」「ハンクがテトリスを心から愛し、理解していることは」「すぐに分かりました」「当時旧ソ連では、あらゆる会話が盗聴されたため」「誰もが会話の内容に、神経をとがらせていました」


  「だから本音を話したい時は、目配せして」「2人で公園に行って話したものです」「その後テトリスの権利交渉が、再開しました」「KGBの人間を含め、約10人が同席しました」「まるで取り調べのようでした」「いろいろと質問されました」「一方同じ日に別室では、ロバート・スタインも」「交渉中でした」「私の目的は出来る限り、多くの国で販売を行える」「販売権を得ることでした」「英ミラーソフト社のケビン・、マクスウェルも来ていました」


  「新聞王ロバート・マクスウェルの、息子です」「"私と交渉しなければ"」「"困ったことになるぞ"と、彼に脅されました」「父親を盾にするのが、マクスウェルの交渉術でした」「パジトノフと任天堂を味方に、ロジャースは交渉を進めます」「4日かかって交渉は成立しました」「ロジャースとパジトノフは、祝杯を挙げました」「ロジャースは、ステインに勝ったのです」「とても悔しい思いをしましたが、これもビジネスです」


  「手に入れられなかった物の、大きさを考えると」「いまだに気が滅入りますが…」「最大の勝者は任天堂でした」「テトリスを擁したゲームボーイは、全世界で」「3200万台も売れました」「パジトノフはその後、アメリカへ移住しました」「彼はテトリスの発明者でありながら」「1996年まで一切、利益を享受できませんでした」「しかし現在はロジャースと共に」「新しいハード上で、テトリスを売り続けています」


  「テトリスはゲーム産業を急成長させ」「任天堂を世界最強のゲーム会社に、のし上げました」「偉大な開発者たちのおかげで」「コンピュータゲームは、見事な進化を遂げました」「彼らは人間に遊びが必要なことを、知っていました」「ゲームは私たちを、未知の世界へと誘い」「魅了してやみません」


  翻訳:東北新社




・個人的感想など

  とりあえず、ラフアップ。時間がないので放置プレイということで。(こら また、暇な時に整備します。
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2004.01.21(ed.1)


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